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Happy Holidays ! -2011.12
クリスマスとお正月のお祝いを一言に纏めたアメリカ流の挨拶ですが、皆さんお元気ですか?
(年賀状が正月前に届いてもいいし、クリスマスの後でカードが届いてもいいので大変重宝しています。)

大変な年でしたネ、2011年は!?!?!?
来年は辰年!  どんな展開/転回/天海になるんでしょうかネエ、、、、。

2012年は、世界のシンタイドーイストにとっては、第10回目の国際大会の年でもあります。

主催/アメリカ新体道、協賛/国際新体道カレッジ、場所/カリフォルニア州ソノマ州立大学   期間/7月3〜6日
詳細は以下のサイトで: http://2012.shintaido.org/ja/

大会のテーマ『水のように』を考えていて、秀吉の軍師だった黒田官兵衛が書き残したと伝えられている『水七則』を思い出しました。

<水七則>

・自ら活動して他を動かしむるは水なり。
・常に己の進路を求めて止まざるは水なり。
・障碍に遇い激しくその勢力を百倍し得るは水なり。
・自ら浄らかにして他の汚れを洗い清濁併せ容るるの量あるは水なり。
・洋々として大洋を充たし、発しては蒸気となり、雲となり、雨となり、雪と変じ、霞と化し、凝っては玲瓏なる鏡となり、而もその性を失わざるは水なり。
・暑さには涼を、渇するものには蘇生を、乾けるものにはうるおいを、すべての生物に生命力を与えるものは、水なり。
・常に平らかにして低きにつき、よく方円の器に従うと雖も、ひとたび怒る時は怒涛狂潤となりて、なにものをも許さざるは、水なり。

年末年始での瞑想の糧にして頂けるのではないかと思い、紹介/照会させて頂きました。

不学
New! 伊東's メッセージ 2011.7
D'où venons-nous ? Que sommes-nous ? Où allons-nous ?
(我々はどこから来たのか、我々は何ものなのか、我々はどこに向かうのか)

21世紀初頭に起こった二つの事件は、われわれの世界に対する見方を根本から変えてしまった。

(1) 9.11の事件は、世界に安全な場所はどこにもないこと、政府は我々を守ることなどできないことを見せつけた。事件後もオサマ・ビン・ラデディンは10年以上も活動をつづけた。米国はそれを止めるために何十億ドルも支出しておきながら、その過程で、うかつにもより多くのテロリストを作りだしてしまったにすぎない。

(2) 巨大な地震と津波は、大自然の災害対して我々は全く無力であること、科学技術は我々を守ることなどできないことを見せつけた。地震と津波に対し、世界最高の備えを行っていた日本でさえ、壊滅させられてしまった。日本では今、より一層多くの人々が原子力エネルギーに反対し始めている。

また、現在人類の営為が地球環境に与えている主に三つの影響とそれによるかつてなかった変化が明らかになりつつある。
(1) 人類の活動により気候変動が大きくなりつつある。
(2) 古いエネルギー源は価格が上昇しつつあるか、終わりを迎えつつあり、新たなエネルギー源は、いままでのものほど便利でも、安価でもない。
(3) 淡水はますます不足しつつある。

これらの出来事は、人々の自らの生き方と世界にたいする考え方に、根本的な影響を与えている。長いあいだ、「真面目にやっていれば生活はますます良くなってゆくものだ!」と考えられてきた。しかし、「ますます良くなる」とは「より多くの物とサービスを得ること」という意味ではなかったか。

今、我々はターニングポイントを迎えている。これまでと同じようにやり続けるのか、それとも違う道を選ぶのか?現代文明の意味とは何か?次の10年間、どのような生活を設計したらよいのか?われわれ自身の生活だけでなく、数世代後の我々の子孫がおかれるで有ろう状況を慮りながら、現時点での最良の行動を選択することを迫られている。一体何が一番いい行動なのか?

8月のワークショップでは、新体道で開発されたからだの叡智を通して、これらの問題にアプローチしていきます。ポール・ゴーギャンの傑作 “D'où venons nous? Que sommes-nous? Où allons-nous?“ (我々はどこから来たのか、我々は何ものなのか、我々はどこに向かうのか)にみられるこの”問い”を深く探索しながら。

準備として以下を考えてください
・ポスト・ピークエナジー世界(電気エネルギーのピークを過ぎた世界)において、われわれはどんなふうに、稽古を続けていったらよいのか(生活の簡素化)?
・高齢化社会にどう対処していったらよいのか(恐れずに死を迎える道)?
・続く次の世代をどう育成していったらよいのか(「よき生活/生き方」とは何かを考えるうえでの今までと違う新らたな視点)?

最後に雑多な思いを打ち分けたワタシの意を汲んで、英語でこのメッセージを編集してくださった、リー・シーマンとトミ・ナガイ・ローテに感謝します。
また、英語の本文を反芻して平明な日本語のメッセージに翻訳してくださった飯田宗一郎と松山晋一の両兄にもとっても感謝しています!

伊東不学
タイミングと方向性の重要性
-争いの変容、平和、そして武道に関連して
一般の人たちは武道について、2人以上が物理的にぶつかりあうもの、という印象を多くの場合持っていると思います。争いが時空間のなかに存在し、お互いにコンタクトをとるためにその人たちは交錯します。争いを銃を打つことに例えれば、用意する、構える、撃つ、にそれぞれ相当する段階があり、ここで「用意する」をAポイントと、「構える」をBポイント、「撃つ」をCポイントとします。Cポイントでは、すでに相手はわれわれを攻撃してきています。タイミングが武道のすべてなのですが、Cポイントはタイミングとしては遅すぎて、できることは限られています。多くの武道の専門家はCポイントの早いタイミングをとらえることができますが、それは護身のための技術ということができ、体の接触が発生します。
タイミングについて考えると、それは国際関係においても決定的に重要と言うことができます。国際社会では、多くの場合、紛争発生後に対応が行われます。これはCポイントかそのより後に該当します。世界のどこかで起きた暴力について耳にしたとき、なぜ防止できなかったのだろうと考えたことが、何度もあるのではないかと思います。反応が遅れることで、暴力的な対抗策を行うことがさけられなくなり、その暴力的な対抗策によって、最初あった問題が拡大することがしばしばあります。

武道の立ち会いにおいて、状況を支配し対抗しようとした場合、その瞬間から相手とのあいだにへだたりが生まれ、コミュニケーションができなくなります。関係は失われ、「道を見失う」ことになります。コミュニケーションを回復させるために、対抗手段を繰り返すことになりますが、その結果、相手は自衛のためにさらに強い対抗手段を出してきます。

争いに直面したとき、最初に行うべきことは破壊的で危険な結末をさけることです。そのために、実際は積極的に取り組んでいるときにも、見た目は「後退」したり「引いている」ように見える場合があります。リラックスし、対抗しようとしないことで、相手とよりよいつながりをもつことができますが、これはよくそう思われているような「コントロールする」こととは違います。接触し協同することに、熱意をもって取り組んでいるだけです。

最終的には、強い―弱い、勝ち―負け、といった二つに分ける考え方を捨て去り、相手とダイナミックな関係を選ぶことが必要になります。

争いがおこる可能性があるときに、相手を変えようとしたり、方向を変えさせようとするべきではありません。相手のものの見方を、われわれに対する敵意も含めて、尊重する必要があります。そうすることで、相手はもともと持っている目標や動機を、たとえそれが、われわれにはおかしなものに思える場合でも、追求することができます。誰かがわれわれに攻撃をしかけてきた場合、そのことによって自分の、勝つことに執着するエゴを知ることができます。最初から最後まで、相手のそばを離れず、接触を失わないことが大切です。

「後退」したり「退却」するという決断を行うには、タイミングの全体像に対する理解が必要であり、勝つことではなく、理解をのぞむ意思が必要です。勝つ必要がないと決めることによって、そうでなければ得られない選択肢が双方に与えられます。これは、タイミングについてより理解していくための第一歩であり、その決断により争いは最終的に防止されたり、昇華されることすらあります。
Cタイミング         Bタイミング         Aタイミング
争い→自己防衛→争いの防止→争いの変容→平和の創造→平和

ポイントは、平和な結末に向かって活動を続けることです。取り組んでいるプロセスを通じて、CからBのタイミングへ、そしてできればAのタイミングへ変わっていかなければなりません。お互いのやりとりには、言葉や接触によるものが含まれるかもしれませんが、いずれにせよタイミングをできるだけ早くしていくことが必要です。

相手が動きはじめているが、われわれのところまではきていない場合は、Bポイントでの取り組みを行う必要があります。たがいにぶつかるのではなく、相手にそって動きます。成功すれば、ぶつかりあうことを避け、それでも違う意見を持っている、という状態が可能になります。武道では、自分たちの位置を自然に変えて、相手が向いているのと同じ方向を向き、相手とおなじ見方で世界をみることを行います。それによって相手の世界観を学びはじめることができるのです。

毎日の生活にこの動きをおきかえると、同意できないことから一歩ひいて、質問するという形をとります。相手が言っていることを理解しているか確認し、相手が主張していることから、本当に求めていることをさぐります。われわれは、自分のからだと心で、相手のことを学び、聞く努力をする必要があります。柔軟さをたもち、自分の方針を手放す必要があります。

平和が実現するのはAポイントになります。相手が動きはじめる前に相手をとらえた場合、からだの動きは武道というより踊っているように見えます。相手の軌道を変えようとするのではなく、自分の耳や全身を使い、愛と受容を持って相手のことを聞きます。われわれと実際に、または象徴的に衝突しようとしている相手の価値観にみるべきものがあると考えたときに、力学が変わりはじめます。

これまで述べたような出会いは2分間でおこることもありますし、時間、日、週、月といった時間をかけておこっていくこともありますが、本質的な力学は同じです。

本質的な変化は、人生の多くの事と同じように、われわれの中で起こります。理想をいうことは簡単ですが、実際の生活のなかでおこなうことは、たいへんに難しいことです。自分たちや、世界の仕組みに対する、自分好みの見方をあきらめる必要があり、これはかなり不快なことです。われわれの多くにとって、こうした方法で平和を築くためには、一生かかる取り組みが必要になります。

究極的には、Aポイントで動くために、予防的に(相手なしで)平和活動をする必要があります。つまり、一日に出会うことに備えて瞑想をおこない、衝突するのではなく、つながりを持つ可能性を高めるのです。これは、われわれの小さい心が作った方針を捨て去り、かかわりを持つ人への本当の興味を持って時間をすごすことを意味します。最悪のときに、明確な、愛と同情への意思を持ち続けることなのです。

武道は、明確で現実的な例を見せることにより、助けとなります。自分の見方(スタンス、戦略など)に執着しすぎると、出会いの質は急速に低下します。一方、うまく行く場合には、ゆたかで、明るいやりとりが起こります。毎日の生活では、ものごとはそれほど明らかではありません。Cタイミングで行動し、(ほとんどの場合で)小さなことに関して他者とぶつかりあって、自分たちが作った争いを自覚しないでいるのは簡単なことです。

争いは、関係をAタイミングに近づけ、平和に向けて成長する機会になります。人生や世界におけるすべての出会いを、より深い意識や意思によって導き、平和の基礎とすることが可能です。その道のりをはじめるために足りないものがあるとすれば、それをはじめるというわれわれの決意だけなのです。

*武道の哲学的なルーツは、生死のさかいで、生き残る能力にあります。それは自分の意識(自己)に集中しており、(他者との)争いに焦点をあてていません。目的とするところは征服や勝利、敵対的な他者に打ち勝つことではなく、つながり合い、学び、相手の世界観を知ることです。究極的な目標は、成長であり、学び、より深い関係を持つことです。これは「平和」に関する定義の一つとなると思います。

2010年、伊東不学、Tomi Nagai-Rothe、Lee Seaman、協力:Elli Nagai-Rothe
翻訳責任:飯田宗一郎
著者の許可なく転載しないでください。
タイミングについて-朝と夜の内省
-この記事を読む前に「タイミングと方向性の重要性」の記事を読んでください

いいタイミングで動くことは、平和を創造するうえで絶対に必要なことと考えています。Aのタイミングで動くことによって、不要な争いを避けることができます。毎日の生活でタイミングを学ぶ一番いい方法は、一日のできごとをしっかり振り返ること、そして新たな一日を見通し、準備することです。

毎日の終わりに、うまくできたことや、できなかったこと、そして学んだことを振り返ります。これは、Cのタイミングで、違うやり方でできたはずのことを内省しているのです。朝には今からの一日のことを考え、準備をします(Aのタイミングです)。自分に「何を準備しないといけないだろう」とたずねます。


Aタイミングのすばらしい例に、以前出会った、ラフティング(注:数人乗りのゴムボートで急流を下るスポーツ)のガイドたちがいます。急流をくだるとき、若いガイドのやり方は、岩にゴムボートをぶつけながら必死でパドルをこぐ、というものでした。力のいる、あちこちにぶつかるくだりかたです。一方、年上で経験豊富なガイドは同じ急流を、簡単にすべりおりていきます。力のいらない、スムーズな舵取りでした。何が違うのでしょうか。経験を積んだガイドは以前のツアーで学習し(Cタイミング)、急流の一番いいルートを学んだのです(Aタイミング)。経験を積んだガイドは、急流をボートで下るのに、ほんの少ししか力を使わず、それはとても印象的です。


朝の内省を行ったとき、一日は普通、スムーズに流れていきます。しかし、朝の内省のための早起きをなまけたときには、一日中あちこちにぶつかっていることがしばしばです。

一日の終わりに、以下のことをしっかり振り返ることをお勧めします。
・ポイントが高かったこと うまくいったことは?
・ポイントが低かったこと むずかしかったことは?
・教訓 将来のために、覚えておきたいことは?
ポイント:正直に行うこと。うまく状況を描写することができればできるほど、改善できる可能性が高くなります。同時に、自分と現在の自分の状況に対して思いやりを持ち、受け入れること。そうすれば、他人に思いやりを持つことがたやすくなります。

朝には以下のことを内省します:
・できるだけ広く、自分と世界の平和についてイメージすること
・これからはじまる一日を思い、何に出会うか考えること
・準備すべきことは何か?挑戦することはあるでしょうか?
・竹モード、または、わかめモードがで対応する準備をすること

伊東不学
翻訳責任:飯田
献花印歩行
ごく最近、著明な数学者である岡潔と、批評家の小林秀雄の対談を読みましただ。小林秀雄は岡潔に1という数字はどういう意味か、数学的な答えを期待して質問しているのですが、岡は「1」とは赤ちゃんが最初に立ちあがるときです、と答えました。脳は、神経、筋肉、バランス、重力について学び、判断しなければなりません。こうした経験が赤ちゃんは世界を理解する方法になります。つきつめていえば、1とは統合するということです。

歳をとれば、立って歩けるということが非常に重要になります。高齢者はすべて、できるかぎり自立して生活したいという願いをもっています。動けるということは、独立しているということに欠かせないのです。
高齢者に教えるにあたり、皆川正先生とリー・シーマン先生は、彼らがからだを安定させるのに、テーブルやイスにつかまらなければならない必要がある場合があることに気づきました。しかし、稽古にともないバランスや筋力は改善され、しばらくたつとテーブルやイスなしに立ったり移動することができるようになります。そして、そうできることで、非常に大きな自由と自身を感じるのです。朝にバランスのとれたよく考えられた5,6ステップの動きを行うことで、一日をいいリズムではじめることができ、動きに自信を持つことができると考えています。

立位十瞑想法の6の型より
からだのバランスがとりにくい方が献花印歩行をより簡単におこなうため、以下の変化を加えました。
1. 足をそろえて立つ(閉足立ち)をするのではなく、足を平行に開いてたつ(太極拳の立ち方)。足の幅はつま先からかかとまでの長さくらい。バランスがとれ、しっかり立てる足幅とする。
2. 最初に重心を左足に移してからはじめる。次に右足のかかとを上げる。つま先は地面につけておく(以前は右足を地面と平行にしていたが、これは不要だと思う。)
3. 右足を前にすすめる。足をすすめる最後につま先をあげ、一歩ふみだす。
ポイント:まっすぐ足をすすめるのではなく、ジグザグに全身する。右足は(少しだけ)右ななめ前方にすすめる。左足も少しだけ左ななめ前方にすすめる。

以上
江本博士メッセージ
マグニチュード9の大地震、そして想像もつかない規模だった大津波、それによりまだ1万人近くの人が行方不明となっています。あれからもう16日も経つと言うのに。

そして福島原発の高炉の中の水までもが外に漏れ始め、付近の海や大気、そして付近の水分子を汚染し始めています。

人間の知恵は、為すすべもなくただ水を放水し冷却に努め、原子炉内の放射性物質の怒りを鎮めようとするばかりです。

本当に他にする手立てはないのでしょうか?

いや私は有ると思います。私が過去20年余にわたり研究してきた水の波動測定や結晶写真撮影技術により、水にはたとえどんなに遠くからでも、私たち人間のピュアーな祈りの波動は届き、ポジティブに変換されると言うことを見てきました。

アインシュタインのエネルギーのフォーミュラ、E=MCの二乗の本当の意味は、エネルギー=人の数とその意識の二乗であるのです。

さあ今こそこの本当の意味を理解して、出来るだけ多くの皆様が次のような手順での、地球人としての祈りのセレモニーに参加をしようでは有りませんか。そして日本だけでなくこの地球の危機を救ってください!!


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『福島原発の中にいる水たちに、

愛と感謝の想いを捧げ送ろう!!』


日時2011年3月31日(木)
それぞれの地区の時間の正午

何を言うか


「福島原発の中の水たちよ
辛い思いをさせてごめんなさい。

我々を許して下さい。

そして有難う、愛しています。」


これを口に出して、あるいは心の中で、
手を合わせて3回祈ってください。 
お願いします。

愛感謝

                2011年3月27日
                 水の伝道師 江本勝
大妙ワークショップinデイ・ストリート
全世界の大妙ネットワークメンバーへ
こんにちは、今サンフランシスコです。
デイ・ストリートの道場で、大妙のクラスを行います。
時空を超えて、一緒に瞑想を行いませんか?
日本時間:
2月1日(火)、8日(火)、15日(火)
12:00〜13:30ごろ
伊東不学

下記は、青木先生から10年前にいただいたメッセージです。
最近、本当に分かるようになってきました。
今回、みなさんとシェアさせていただきたいと思います!
『稽古で心を解放するとか、精神の自由を得させるとか言うことを通り抜けると、あくまで人間の命の営みとしての稽古がみえてきます。 それを人間の原初からの一つの大きな流れとしてとらえられるよになると、われわれの稽古は完成の領域に入って行くのでしょう。』
ワークショップ感想-2009.12-
12月の第一週末にあったワシントンでのワークショップに参加した学生のレポートです
Martial arts for piece
あなたにとって、「平和」とは 2009
日本語をアップしました。
あなたの平和についての考えを深める一文があると思います。
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Dear Friends & Taimyo Practitioners:

Greeting from Maslives, France!

911 has come again.....

What is your plan for praying "World Peace" today?

I would like to share the responses to my question I received from some of you this time!

Hope it will help you deepen your meditation!

-Ito

質問にいただいた答えをシェアしたいと思います。

伊東

あなたにとって、平和とは?
What is peace, to you?

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「感謝」の経験をみなさんとシェアしたいと思います。ちょうどヨセミテでのキャンプから帰ってきたところです。ハーフドームに登ったのですが、それはすばらしい体験であり、本当に厳しく、壮大なハイキングでした。朝7時に出発し、5時に帰着、丸一日で18マイル高低差400フィート(120メートル)を往復しました。たぶん、人生で一番ハードなハイキングだったと思います。ハーフドームの真下についたあとは、120メートルのワイヤーを登ります。
Just wanted to share another Kansha (gratitude) experience with you. We just got back from a week camping near Yosemite where I had the chance to climb Half Dome. What an experience! it is truly a grueling, spectacular hike. I started at 7AM and finished by 5PM ― an all day 18 mile round-trip hike with an elevation gain of 4800 feet. Probably the toughest hike I have ever done. When you get to the base of Half Dome, you finish by climbing 400 feet of cable.
頂上を目指すためには、全身全霊をかたむける必要があります。このとても美しく、驚異的なハイキングを行い(さらに頂上まで登れたことを)とてもうれしく思っています。これは自分への50歳の誕生日プレゼントで、こんな挑戦ができるだけ元気なことをうれしく思っています。
It really takes full body/mind focus and determination to make it to the top. I am grateful to have had the opportunity to participate in such a beautiful and amazing hike (and to have made it to the top!). This was my 50th birthday present to myself and I am grateful to be genki (vital) enough to undertake such challenges.

この登山ですばらしい経験をたくさんしましたが、一番すばらしかったのは登山者がお互いに関係しているすがたを見ることでした。全員が極限的な状況、つまりとても厳しい登山と何カ所かの困難でおそろしい行程、に向かい合っているので、全員が「同じ船にのっている」ことを感じていました。
I experienced many wonderful things on this hike, but the most meaningful was observing people relate to one another. Because we were all facing an extreme situation – a very difficult hike coupled with a challenging, scary climb – we recognized we were "all in the same boat."

人がこのことを実感したとき、人類のもっともすぐれた性質、つまり、協力、思いやり、親切さ、助け合い、はげましあい、創造性といったものがでてくるのだと思います。私はルート上のすべての場所でそういったものを目にしました。みなが心から助け合い、お互いを気にかけ、はげましあっていました。特に本当にむずかしいところを通るときはそうでした。それはハリケーンや地震など自然災害のあとにおこることを思いおこさせました。そうしたとき、人々は「同じ船にのっている」を感じ、生き延びるために一緒になって船をこぐのです。これは平和と完全にむすびついています。私の意見では、平和を実現するために「同じ船にのっている」という結びつきを体験する必要があります。そうした結びつきなしには、われわれは分裂や分断の犠牲になり、戦争や邪悪なことを正当化することになるでしょう。
When humans realize this it tends to bring out the best in the human character, i.e. cooperation, mutual concern, kindness, helpfulness, encouragement, inspiration, etc. This is what I found all along the trail – people genuinely helpful, caring and encouraging to one another – especially during the really difficult parts. It reminded me of what happens after natural disasters such as hurricanes and earthquakes, where people recognize they are "all in the same boat" and need to row together to survive. This ties in perfectly with Peace. In my opinion, for Peace to be possible, we must experience the interconnection of being "all in the same boat." Without interconnectedness, we fall prey to division and separateness, and then we can justify war, and evil in general.

私が我々すべてに願うことは、すべての存在がともに「同じ船にのっている」ことをいつも感じることです。
My wish for all of us is that we regularly touch the experience of all being in this together, "all in the same boat." This is the foundation for Love and Peace.

ブライアン・ジョンソン
マッサージ師
カリフォルニア州、サンフランシスコ
Brian Johnson
Massage Practiyioner
San Francisco, California USA

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この質問は、しばしばまっすぐに戦争へと向かいます!特に、私が「自分の見方」を示そうとしたときは。それは私が一番願うことではありません。一番願っていることは愛のなかで生きること、そして愛が訪れたときは、他の人々、そして自分に平和を訪れさせることができます。
This a question that often goes straight into war. . . ! Especially if I try to give MY POINT OF VIEW . . . . For me, this is not my first wish. My first wish is to be inhabited by love. And LOVE, when it arrives, makes it possible for peace to come with others . . . and in me . . . .

フランソワーズ・ルクレルク
元教師、瞑想者
パリ
Francoise Leclercq,
Retired Teacher/Meditant
Eragny s/ Oise, Paris, France

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イギリス新体道のニュースレター、Taimyoを編集していますがその中で皆川先生に同じ質問をしました。

I am currently putting together the next edition of Taimyo, the British Shintaido newsletter, in which I asked Masashi Minagawa a similar question:

イギリス新体道:新体道と世界平和のつながりについて、どう考えられますか?
BSN: What do you think the connection is between Shintaido and world peace?

「平和は新体道の稽古人にとってとても大切です。2000年に北アイルランドで、ダライラマも参加した"平和の道“という会議に参加し、短い演武を行いました。そこでキリスト教の牧師がダライラマに、平和を促進するために我々に何ができるかをたずね、ダライラマが答えた内容に大きなインスピレーションを与えられました。彼は、個人的にはまず自分の内なる光をまもり、次に身の回りの人が輝くようその光をわけあたえれば、我々の共同体はあかるく、大きくなると信じていると言いました。これが平和をつくる道です。そして非暴力であることが重要です。私は天真五相の演武を行い、自分は心のなかの天真五相と新体道の光をまもり、それが消えないようにしなければならないと思いました。それがいつでも、どこであっても、いつでも新体道をおこなうことができ、なにかを共有することができます。争いから遠く離れた場所でも、我々の小さな共同体が世界の平和に貢献することができます。これをおこなうことができるパートナーを探しており、それが世界の平和に関係していると考えています。偉業をなしとげようとは思っていません。小さなことをおこなうだけです。これは仏教徒の考え方でもあります。こういった考え方についてずっと以前に読んだことがありましたが、最近になってようやく本当に理解するようになりました。

皆川 正

“Peace is very important to many Shintaido practitioners. In 2000 I went to Northern Ireland for a ‘Way of Peace’ conference with the Dalai Lama; I did a small demonstration there. A Christian priest asked the Dalai Lama what we could do to promote peace, and his response inspired me . . . He said he personally believed that if we keep the light inside us first and then give it to the person next to us to brighten them, our community will become bigger and brighter. That is the way to make peace. The important point is nonviolence . . . So I showed Tenshingoso and thought ‘I must keep the light of Tenshingoso and Shintaido in my heart and not let it go out.’ Whenever, wherever you are, you can always do a performance of Shintaido and share something. Even with a far-away conflict, our small community can make a contribution to world peace. I am trying to find partners with whom I can do this and I think that also connects with making world peace. I don’t try to do anything big, just small things: that’s a Buddhist idea too. I read this a long time ago, but only recently have I really come to understand it.”
– Masashi Minagawa
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みなさんご存じのとおり、私はクエーカー教徒ですが、クエーカーは平和について多くを語ります。クエーカーの創始者ジョージ・フォックスは、「パウロがこう言ったとか、イエスがこう言ったという人がいるが、あなたは何を言うのか?と尋ねたい」とかつて語っています。新体道にあてはめれば、「青木先生がこう書いているとか、皆川先生がインタビューで言ったとか好んで言うが、あなた自身がどう思っているかにずっと興味がる」ということになる。そして、この質問にわたし自身が答えるべきでしょう。
As you may know, I am a Quaker, and Quakers talk a lot about peace. The founder of the Quakers, George Fox, once said “Some people say ‘Paul said this’ and ‘Jesus said that,’ but I ask you: What canst THOU say?” In Shintaido terms that translates as, “Some people like to quote what Aoki Sensei wrote, or what Minagawa Sensei said in an interview, but I am far more interested in what you think yourself.” So I had better answer this question for myself too!

私にとって、平和の条件で一番のものは暴力がないことです。争いがないということではありません。ですが、争いがない状態を達成することもないし、そんな世界を望んでもいません。ですが、関係者がすべてに成長の機会を与えられるような解決を与えられなければ、争いは暴力、例えば、何か破壊的な行動を生みます。つまり平和は成長の機会を作り、それを選択することです(突きの組手です)

To me, the first condition of peace is absence of violence ― not absence of conflict. We can never achieve that nor would we want to. But conflict can result in violence – i.e. destructive behaviour of any sort – unless it is resolved in a way such that all parties have the opportunity for growth. So peace is making, and taking, the opportunity for growth (Tsuki kumite – karate partner engagement).

ですが、これは抽象的で、理論的な話です。平和は明らかに感覚的に、視覚や音、行動や感触によって語られるし、それが私たちが求められることでもあります。メディアにはありきたりな表現があふれていて、それは子どもの笑顔や、山頂に沈む夕日、そまざまな背景を持つ人々がだきあっていることや、教会や寺のお香であったりします。私にとっては、今まで警戒してきた人々、違いや危険を感じる人と共にあり、彼らも自分と同じような人間であり、どれほど共通の部分があるかを見出し、謙虚に尊敬をもって耳を傾け、また自分のことも聞いてもらうことです。出会い、驚き、自分の世界が突然ひろがり、また彼らの世界も自分によって広がったという驚くべき感覚を感じることです。つまり、私の答えは平和とは驚き、興奮、そして希望を感じることです。
But that’s abstract and theoretical. Peace can obviously be described in terms of sensations: sights, sounds, actions and feelings, and that’s what you have asked us to do. The media fills us with a lot of clichés: children laughing, sunsets over mountaintops, people from different backgrounds hugging, incense in churches and temples. For me, it’s about being with people I used to be wary of – people who feel different, dangerous – then discovering they are human like me, finding how much we share, listening with humility and respect, and being heard, too. It’s about encounter, surprise, a sudden expansion of my world combined with the awesome sense that I might have helped expand their world too. So my answer is – peace is about feeling surprise, excitement, hope.

ピーター・フルタード
歴史学者
英国、オックスフォード
Peter Furtado
Historian
Oxford, England, UK

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私にとって、平和と調和は同じものです。世界の平和について語ったり経験したりするとき、その人は調和、つまり社会での合意、友好、協力、総意、善意、共感、平穏、一致、理解、一体感、共にあること、バランス、合意、適応、音楽的な言葉、協和、協力、美しい旋律といったものについて語っています。平和は衝突がないことではなく、並び立つ要素がうまく混ぜ合わさっていること、よりよい結果を作るために協力すること、調和です。それを達成できたとき、結果は充実感と悲しみ、達成感が混ぜ合わさったものとなります。
私はてんびん座ですから、バランスに向かっていつも進んでいます。うまくいっても、いかなくても。

マリオ・ウリベ
カリフォルニア州、サンタローザ

To me, peace equals harmony. Whether one speaks of or experiences world peace, inner peace or peace of mind, one is talking about harmony: a social agreement, amicability, cooperation, consensus, good will, sympathy, tranquility, unity, understanding, oneness, togetherness, balance, accord, fitness, and in musical terms, consonance, concert, melodiousness, etc. Peace is not the absence of conflict but the right mixture of apposing elements, collaborating to create a better resulting element: harmony. peace. When we manage to achieve it, the results can be a mixture of contentment, sadness and fulfillment.

As a Libra, harmony is the balance I strive for constantly, if not successfully.

Mario Uribe
Artist
Santa Rosa, California, USA

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内なる平和は怒り、嫉妬、邪心をコントロールする力を与えてくれるものです。個人がそうした力を持つことができれば、世界の平和へとつながります。
Inner Peace means something that can give power to me for controlling anger, envy or a wicked heart. If individuals could have such power, it would lead to World Peace.

渡 章
新体道-週末稽古人
東京都府中市
Akira Watari,
Weekend Shintaido Practitioner
Fuchu, Tokyo, Japan

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平和は自由と深く結びついています。自由なしに平和はあり得ません。自由とは何でしょうか?心にうかぶ歌の歌詞があります。「たったひとつの本当の自由は、心の願いからやってくるもの」
自分の人生で平和を感じるときは、何も求めていない瞬間です。
言うべきこともなく、考えることもなく、行うこともない。静けさの中。
Peace is very much related to freedom. There is no possibility for peace without freedom. So, what is freedom? I have lyrics from a song in my mind:
“The only true freedom is freedom from our heart’s desires . . . .”
The moments in my life I felt in peace were the moments I wanted nothing.
Nothing to say, nothing to think about, nothing to do. Quietness.

キルステン・ラインダーズ
店舗経営、母
ドイツ、ケルン
Kirsten Reinders
Shop Manager/Mother
Cologne, Germany

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私にとって平和とは、たとえ周囲に問題があるときでも、世界を感情による色眼鏡を通さずみることです。感情的な色眼鏡はエゴと恐れからきます。それらが無ければ、世界はより大きなものとなり、自分自身や他者とよりよい関係を持つことができます。それは、今現在と戦っていない状態です。

ジュリオ・デイン
音楽家
ブラジル、リオデジャネイロ

Peace for me is to look to the world without an emotional prism, even when there are troubles around us. The emotional prism comes with ego and fear. Without it, the world is bigger and we have a better relationship with ourselves and others. It’s like having no fight with the present.

Julio Dain
Musician
Rio de Janeiro, Brasil

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私にとって、ピースは静かなものではなく、穏やかなものでもありません。とてもアクティブなものです。いつも変化の気配があり、私が知っていて愛する気配から私があまり気にかけない気配まで幅があります。たぶん、私にとっての平和は他のいくらかの人たちが世界を定義するほどには、特に平和的なものではないのでしょう。

何か自分が愛することや信じていることをしているとき、私はもっとも平和でいます。そういったときに一番ただしいことに近いと感じます。その時、自分はここにいる時間をもっとも味わっています。時には平和は静かで瞑想的なものですが、私が一番大切にする平和な時間は活動的です。それは、私が何か大事なことをしているときに見つける平和であり、新しい場所に旅しているときに見つける平和です。学ぶことや、ピンとくることを学ぶなかで楽しむことからくる平和です。

今まで、こういったことを真剣に考えたことはなかったですが、たぶんこれが世界の平和の見え方、感じられ方なのでしょう。

リー・フィリップ
ソフトウェア開発者
カリフォルニア州、リッチモンド
For me, peace isn't quiet and it isn't calm. It's very active. Its smell changes constantly, ranging from smells I recognize and love, to others I don't really care to smell. I guess it's fair to say that peace for me isn't especially peaceful as some people might define the word.

I'm most at peace when I'm doing something I love and believe in. Those are the times I feel like I'm closest to getting it right. The times when I feel I'm fully appreciating my time here. Sometimes peace can be quiet and meditative, but the peace I cherish most is active. It's the peace I find when I'm working on something important to me or when I travel to new places. It's the peace that comes from learning and having fun while learning that rings my bell.

I never really thought about it in these terms before, but maybe this is what world peace looks and smells like too.

Lee Phillips
Software Enginieer
Richmond, California, USA

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私にとって、平和とは凪の大海であり、そこはたぶん満月が高くかかった真夜中であり、動揺のない場所です。もしもなにか揺らぐことがあっても、それは海の大きな静けさに溶け込んでいくでしょう。
For me, Peace is a vast ocean totally being lulled (凪の大海), probably in the midnight with a full moon at the top of the sky, without any perturbations. But if there are any perturbations, they are merged in the big stillness of the ocean.

松山晋一
鍼灸師
大阪
Shin-Ichi Matsuyama
Practitioner in Accupancture & Moxibustion
Oosaka, Japan

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私にとっての平和・・・。
根源と平和で、静かで、覚醒した状態でつながっていることであり、すべてとの統一感、根源との一体感を与えてくれるものです。こういった平和を自分がともにあることができれば、それを分かち合い、すべてに与えることができます。私にとって、平和の外見、音、手触り、匂い、味を感じることは、自然の美を感じることと同じです。
Peace for me . . . .
A calm, quiet, aware connection to Source, which brings me into the oneness of the All - being one with Source. When I am able to carry this peace in/with me I am able share it - send it out to All. For me the look, sound, feel, smell and taste of Peace is that of the beauty of nature.

ジョアン・ワトソン
主婦、介護者
カリフォルニア州サンフランシスコ
Joanne Watson
Home Maker/Caregiver
San Francisco, California, USA

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テレビで1964年のデューク・エリントン、「ムード・インディゴ」の演奏を見ていました。クラリネット、トロンボーン、サクソフォンのトリオが私の周りじゅうで平和を響かせ、やわらかい風を吹かせました。それは全体的で円熟しており、完璧なものでした。ミュージシャンの努力は練習とプロの技術、努力、そして彼らの愛を通して表現されます。とぎれなく流れる長い呼吸があり、限界までのびる親密なハーモニーがあります。彼らの演奏を見ていると、ひとりひとりが本当に音の一部を表現しているように思えました。音楽はすばらしく、よろこびは完璧でした。音はひとつの調和であり、完璧さであり、他の音楽、他の場所や時間を超えてすすんでいきます。彼らの努力は個人の努力、練習であり、そして同じようなバックグラウンドと目的をもった他者とともに演じることを愛することでもあります。

サンフランシスコ、オーシャンビーチのワークショップで伊東先生は青木真さんと手本を見せているときに、「巻きこまれないように」と注意しました。真さんに巻きこまれているような気がしてみな笑ってしまいました。ですが、より大きな教えとして、パートナーの反応に巻きこまれず、パートナーの動きに合わせて動くようにということがあったように、私には思えます。トム・ブラウン(Tom Brown Jr.)と彼の祖父の教え「見方を変える(Vary your vision)」を読みながら、それについてまた考えました。今、これらの二つの教えは、自分の側での平和的な行動、目標を熟考し、定めること、自分の仕事にすべてをそそぎこむことと、「同時に」、この瞬間に周囲にあるすべてを意識することに関係していると思います。言いかえれば、自分自身と外の世界の両方に目覚めていることです。

以前は、私は平和は静かな均衡状態ですべての人に快適なものだと思っていましたが、今は平和は動きであり、エネルギーと全存在、そして彼ら自身も全存在を行動で示している他者から得たすべてのものを持って動き続けることではないかと思っています。

バーバラ・バーナード
パシフィック新体道
カリフォルニア州、サンフランシスコ
I saw a 1964 film clip on TV of Duke Ellington playing "Mood Indigo" and I heard Peace all around me; the trio of clarinet, trombone, saxophone breathed mellow wind notes that were whole, round, complete. The musicians' effort came by way of their practice, expertise, effort and their love. There were long exhalations of smoothly flowing air and close harmonies that went to their very edge. As I watched them play, it seemed each of them was truly present to each part of the sound. The sound is exquisite and the pleasure complete. So the sound is one of balance and completeness and moving beyond to another song, another place or another time. The effort is one of individual effort and discipline and love performing in concert with others who have similar backgrounds and focus.

At the Ocean Beach workshop, when you were demonstrating a move with Shin Aoki, you cautioned, "Don't get involved." We laughed because it seemed as though we weren't to get involved with Shin. But the larger instruction, it seemed to me, is to not get involved in my partner's response, and continue my movement in concert with my partner's movement. Now, I'm thinking of it again, having read Tom Brown, Jr. and his report of Grandfather's lesson: Vary your vision. Now, I think these two instructions are about peaceful action on my part: focus, deliberate attention and full commitment to the personal task and, AT THE SAME TIME, awareness of all that surrounds the two of you in this moment. In other words, stay alert in both worlds -- the personal and the outer.

Up to now, I guess I have assumed Peace is a static equilibrium, comfortable for everyone. Right now, I'm wondering if Peace is moving, always moving with energy and full presence and all the resources I've gained so far with others, who are also sending our their 'whole selves' through their action.

Barbara Barnard
Pacific Shintaido
San Francisco, California, USA

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母が次のオスカー・ワイルドの引用を翻訳するよう言った。

"Il ne faut jamais rencontrer les gens que l'on déteste parce qu'on finit par les aimer"
– Oscar Wilde
Et alors tout commence . . . .

「憎む相手に合わないようにしなければ。彼らを愛すようになるといけないから。」
彼女を付け加えた。
そして、そこからすべてが始まる。

パトリック・ブショー
新体道指導員
スイス、チューリッヒ


My mum is asking me to translate the following quote from Oscar Wilde:

"Il ne faut jamais rencontrer les gens que l'on déteste parce qu'on finit par les aimer"
– Oscar Wilde
Et alors tout commence . . . .

"We should never meet the people we hate, lest we end up loving them"
She then adds:
And then everything begins...

Patrick Bouchaud
Shintaido Instructor
Zurich, Switzerland

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常に変化し、変容し均衡がとれており、情報もエネルギーも失われない状態。

ヘンリー・カイザー
サイエンスダイバー
カリフォルニア州オークランド

a state of constantly changing/transformative equilibrium, where no information or energy is lost

Henry Kaiser
Scientific Diver
Oakland, California USA
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ダイナミックな、生きた平和は生命に対する伝統的な仏教徒の教えに示されていると考えます。

1. 殺さず、すべての命を尊べ。
2. 盗まず、他者の持ち物を尊重せよ。
3. 性行為で他者を傷つけず、すべての関係の調和をたもて。
4. うそをつかず、真実を語れ。
5. 体と心を酔わさず、思考と行動を明晰にせよ。

ムシン イケダ-ナッシュ
仏教瞑想教師
カリフォルニア州オークランド

I think that a dynamic, or living, peace is well defined by the traditional Buddhist precepts, or guidelines, for living:

1. Do not kill, but cherish all life.
2. Do not steal, but respect the things of others.
3. Do not cause harm with one's sexual actions, but help to preserve harmony in all relationships.
4. Do not lie, but tell the truth.
5. Do not intoxicate body and mind, but be clear in one's thought and actions.

Mushim Ikeda-Nash
Buddhist Meditation Teacher of Retreat for People of Color and Social Justice Activists
Oakland, California, USA

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2009年7月 サンフランシスコ大妙ワークショップのお知らせ!
サンフランシスコから今日は!

7月20日に帰って来ました。
9月はじめまで、ベイエリアで活動します。
滞在中、六週連続で毎週月曜日の夜、市内のデイ・ストリート道場で「大妙」のメデイテーションをリードします。
よろしければ、呼応してください!
以下、今回の推薦図書です。
日本語版の題名/ダルマ・ライフ アラン・クレメンツ著 春秋社刊
英語版の題名/Instinct for Freedom, by Alan Clements New World Library
伊東不学
ダルマライフを読んで
松山です。

ダルマライフを読み終わりました。
とても大切な本と出会うことが出来ました。
ダルマライフは伊東先生の「ホワイトマジックとしての新体道」と同じ地平に立つ生き方ですね。

「どうしていいか自信がないとき私は、自分は他者との関係性を避けようとしているのか、それともそこに関与しようとしているのか、と自問する。」
「私とは、私と他者との関係のことである。」
「わたしたちはリラックスしていると同時に注意深くあって、くつろぎながら同時に行動出来なければいけない。」
「すべての確実性が揺らぎ、あらゆる言葉が役に立たず、どんな理念も疑わしく思われるとき、私たちの心を導くことができる究極の信念が一つだけある。それは成長という絶対的な方向性である。」

この本を読んでいると、仏陀自身、瞑想三昧のなかで苦しみを終わらせる道を見出し、それをひとびとに教え導くという人生がある反面、王子として自分が受け 継ぐはずだった自分の国が大国によって滅ぼされ民が虐殺されてゆくのを目の当たりにしなければならなかったという世界情勢の中で生きたひとでもあったこと を思い起こしました。仏陀はそのことに関しては何かメッセージを残しておられるのでしょうかね?

また、以前読んだ佐々井秀嶺師の伝記を思い出したりもしました。凄まじいまでの瞑想修行、己の血(業、カルマ)の暗さとの闘争、苛烈な世界情勢への全身全霊をかけた関与。人間のタイプは随分違いますがなんとはなしに共通する部分を感じました。


http://www.amazon.co.jp/破天-光文社新書-山際素男/dp/4334034772/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=books&qid=1249697546&sr=1-1

youtubeはすごいですね。Alan Clementsで検索するとたくさん画像が出てきます。Ken WilberとかRam DassとかThicht Nhat Hanhとか芋蔓式に出て来てびっくりしました。Alanは文章よりビデオの方が断然いいですねえ。

マサチューセッツの新体道ファームがつくった新体道ビデオ観ました。

http://www.shintaido.org/video/Shintaido_Means_New_Body_Way.mov

いいですねえ!Davidはアメリカへ帰って来ているのですか?

以上、思いつくままに。
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松山鍼灸院
http://web.me.com/sxm967/%E6%9D%BE%E5%B1%B1%E9%8D%BC%E7%81%B8%E9%99%A2/Welcome.html
2009年-年頭メッセージ
明けましておめでとうございます。

昨秋、トム・ブラウン・ジュニア著の「ヴィジョン」を読む機会がありました。
感銘を受けたこの本の一部をシェアーさせてください。

本年もどうぞよろしく。

不学
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雄ジカの狩りからそれほど経っていないある日、私は静かに座って、二人の男がピックアップ・トラックから砂の道沿いにゴミを捨てているようすを眺めていた。涙が込み上げてきて、心の底から男たちのことが憎いと感じていた。もしも自分がもう少し大きかったら、思いっきり奴らを殴ってやりたいと思っていた。

グランド・ファーザーが静かに近ついてきたが、私の横に座るまで気がつかなかった。彼は、男たちとトラックを眺めながら言った。
「考え方や感情もまた同じ道をたどって、態度や行動と同じように破壊的な型にはまってしまうものだ」

そして、考え込み、それでも、怒りを静めることができない感情の型にはまった私を残して、来たときと同じように森の中へと消えた。ゴミを捨てている男たちを眺めながら、怒りをなくし、物事を違う角度から見たり理解したりするにはどうしたらよいのかと、長いこと考えていた。

怒りの頂点に達していたので、それを静めるのは大変なことだったが、それでも少しずつ怒りは治まっていった。その代わりに、彼等の無知に同情するようになった。グランドファーザーが、「怒る前に、必ずほかにできることがある」と言っていたのを何度も耳にしていたが、その意味を初めて理解することができた。男たちに対する哀れみから、私はある行動を取ったが。自分がそんなことをするとは夢にも思わなかった。

私は静かにトラックに近つくと、男たちに言った。
「ここはぼくの大好きな場所だから、どうかゴミを捨てないで下さい」
その時代、私はあまりお金を持っていなかったが、ポケットには25セント玉が入っていた。
「ガソリン代を払いますから、無料のゴミ捨て場までゴミを持っていって下さい。必要なら、ぼくもいっしょに手伝います」

男たちは私の言葉やその真剣さのとても驚いて、ショックをうけていた。おそらく、彼らは小さな子どもが突然現れたことにも驚いていたが、そのお願いの内容にもショックを受けたのではないかと思う。

男たちはすぐにゴミを集め出し、すまなかったと心から何度も言った。そして、数キロ先のゴミ捨て場まで持ってゆくことを約束してくれた。私もゴミの回収を手伝って、少し先の道にも同じように投棄されたゴミがあるのだと説明した。間髪を入れず、男たちはゴミの場所を聞いたので、そこまで案内した。それは、男たちが捨てようとしていたゴミよりも遥かに大きなゴミの山だった。彼らのもとを去ると、男たちは自分たちのトラックにそのゴミを積み始めた。木の枝に引っかかっていた紙切れまで回収していた。

グランドファーザーはこのあいだずっと私のことを観察していた。私が座っていた場所に戻ると、彼も横に座って言った。
「怒りはこの問題を解決しなかったであろう。同情し教えてやることが唯一の答えなのだ。もし、おまえが心に怒りを感じたままだったら、男たちは何も学ぶことはなかった。しかし。違う方法を模索し、どうすればよいか自分自身で考えついたのだ。憐れみによって生まれたおまえの考え方や感情は、いま、成長への道を歩き出した。なぜなら、おまえはこれまでの道から外れ、新しい道を考え、見つけ出したからだ」

トラックの男たちの教えは、今日まで私の教訓となっている。そんな昔、すでにあのようなことがあったのだ。だとしたら、地球破壊の第一の原因は無知によるものだということがわかる。人々を再教育し、その足を大地の上に戻すことが、地球を救う唯一の道なのである。
南京国際会議 伊東不学メッセージ
2007年11月21日から25日まで南京市、南京師範大学にて
国際会議「南京を想い起こす」が開催されました。

会議の前後にとどけられた、
伊東不学によるメッセージです。

-大妙考
永い間、「戦場での指揮官」の姿をイメージして大妙の第一部を稽古してきましたが、南京へ出かける前に、新しいシナリオが出来ました。 <全文へ>

-パズルが解けた話し
プロローグ 
2002 年の5月以来、呉式の馬長勲老師に師事して太極拳の修業をしている。 <全文へ>

このイベントについて詳しくは下記サイトをご覧ください。
国際会議「南京を想い起こす」
国際会議レポート・メッセージ
南京記憶国際学術会議南京大屠殺70周年記念ノート part 1-皆川正
ここをクリック

南京国際会議レポート-棚橋先生
ここをクリック

南京会議に寄せられた津村喬氏の論説
ここをクリック

南京国際会議によせたメッセージです。
- Peterより
- ジョアン老師より
*ジョアン老師(尼)はウパヤ禅センター(サンタフェ)に所属されており、今回の会議に参加されました。
- 陳敬氏より(日本語)
- Heinz-Jurgen Metzger



棚橋先生
南京国際会議によせて
BelindaさんよりCry - 2007.8
英国、ブリストルで大妙ネットワークに参加しているBelinda Frenchさんからのメールが届きました。彼女のさまざまな思いをシェアしていただければと思います。
I have woken early in this morning crying for those people from near Mosul in Iraq who have just experienced a massive bombing, 500 people dead at the last count and 400+ injured. I think the people left in that community will need a massive prayer to help them bear this massive loss impossible to imagine.
Click here to continue.
我らの海への大妙
8月の瞑想では、
「海」にフォーカスしたいと思います。
以下のページを見て、われわれの行動をどう変えていけばいいか、考えてみてください。
ここをクリック
第一週にはシアトル近郊のホイッドビー島で、Paula Kerby、Lee Seaman、Nicole Beauvoisと大妙のワークショップを行いました。
実際に一緒に大妙を行ったり、自分の身近で行った大妙をメールでシェアしましょう!
伊東不学 (翻訳責任:飯田)
2007年4月7-9日 フランス、オマハビーチでの大妙
4月7日(土)から9日(月)にフランスのオマハビーチで、伊東不学とニコル・ボーヴォア インストラクターが主催する大妙イベントが行われました。

1994年には地獄のような戦場となったオマハビーチですが、今、そのノルマンディーの海岸に立つと天地人を本当に感じることができます。

伊東不学& Dick Oltonインタビュー by Elli はこちら

参加者コメント
パート1
パート2
パート3

参加案内文はこちら

オマハビーチについてはこちら
2007年 ごあいさつ
伊東不学2007年ごあいさつ -Greeting from Japan!
- 皆川氏(英国/ブリストル在住)より 年頭あいさつへの返信です
- About the poem 詩に関するToniさんからの情報
- あなたの中の最良のものを 年頭あいさつの中のマザーテレサの詩の日本語版です。滋賀の渡辺さんから紹介いただきました
大妙ネットワークとは
伊東不学 サンフランシスコ在住の新体道インストラクター(稽古歴45年)

一言で言うと、「大妙ネットワーク・フォー・ワールド・ピース」というのは、『大妙』(新体道の創始者・青木宏之師がご自身の作品を集大成してデザインされた瞑想の型)を「祈りの型」として使いながら、世界のシンタイドーイスト達がインターネットで連絡をとりあいつつ、国境を超えて、日時をあわせて瞑想し、「地球の安全」「世界平和」「虐げられた人達の解放」等の大目的を実現させようという試み/ムーブメントです。・・・<全文へ>
2006.9 大妙 by Nicole



エッセイ-死をみつめる
一九九六年五月十三日午後四時四十分ごろ、ビル・ピーターソンは、私の腕の中で死んだ。
<全文へ>
-新体道協会会報「楽天」96年12月号より転載-
伊東不学 エッセイ掲載サイトのご紹介
滋賀県の渡辺さんのサイト「なべの穴」に伊東先生のエッセイが紹介されています!ぜひご一読を。
なべの穴トップページ
原点・新体道にいたるまでの日々
講義録「ナルシズムを超えて」
■ワシントンD.C.で平和を祈る伊東不学とリー・オーデマン




半旗に注目! 2009年12月7日
■新体道各国グループ
■伊東先生関連サイト

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